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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)979号 判決

原告

近藤卓爾

原告

河田隆二

原告

山田博茂

原告

近藤昌義

右原告ら四名訴訟代理人

千葉睿一

右訴訟代理人

青木武男

被告

矢生光繁

右訴訟代理人

竹原孝雄

主文

一  被告は、各原告に対し、金二〇〇万円ずつ及びこれに対する昭和五四年二月一三日から右各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求める裁判

1  請求の趣旨

(一)  主文第一、第二項と同旨の判決

(二)  主文第一項につき仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

二  当事者の主張

1  請求の原因

(一)  中央観光事業株式会社は、神奈川県足柄上郡山北町に松田カントリークラブというゴルフ場を建設することを計画し、ゴルフ場の施設を優先的に利用し、ゴルフ場を遊戯することのできる会員をゴルフ場の完成前に募集していたところ、原告らも、これに応募し、原告近藤卓爾は昭和四七年一二月二八日に、原告河田隆二は同月三一日に、原告山田博茂は同月二六日に、原告近藤昌義は同月二八日に中央観光事業にそれぞれ会員資格保証金として二〇〇万円ずつを預託し、右会員となることを承諾した。中央観光事業は、そのころ、原告らに対し、それぞれ会員資格保証書を交付した。

(二)  中央観光事業は、会員募集をするのに際し、ゴルフ場建設用地神奈川県足柄上郡山北町向原字高松五〇〇九番一の山林八万九五〇二平方メートルほか四五万坪をすべて買収済みであることを募集要領に記載していたものの、現実に売買契約を締結しているのは高松山開拓農業協同組合との間の一部二九万坪にしかすぎず、しかも、右売買契約を締結した土地は国から払下げられた農地で、これまで国、神奈川県から開拓のための補助金が交付されており、農地法の規定に基づく農地以外の土地に転用するための許可も、ゴルフ場建設のための開発許可も得られない土地であつて、ゴルフ場建設工事に着工すらできない状態である。

(三)  原告らが中央観光事業の会員となる契約では、預託保証金は、会員資格保証書の交付の日から五年を経過した後は、会員の請求により返還するとの約定がされており、原告らは、右五年が経過した後の昭和五三年一二月二七日に中央観光事業に到達した催告書によつて預託保証金を全額返還すべきことを請求した。

仮に、右請求が理由がないとしても、中央観光事業は、原告らに対し、昭和四九年七月にはゴルフ場を開場させると約束したが、前記のとおり現在に至つても建設工事の着手すら行つていない状態であり、その完成は不能といつてよく、原告らは、前記催告書によつて会員契約の解除の意思表示をするとともに預託保証金の返還を請求した。

(四)  中央観光事業は、会員二〇〇名以上から保証金八億円以上の預託を受けながら、現在まですべて費消し、現在、資産を全く有せず、原告らは、中央観光事業から預託保証金の返還を受けることができず、同額の損害を被つた。

(五)  被告は、昭和四七年一〇月三〇日から昭和五二年一二月一日まで中央観光事業の代表取締役の、その後、昭和五三年二月二〇日まで同会社の取締役の職にあつたものであるが、会員募集に際し、代表取締役として、ゴルフ場に転用不可能な土地であることを知り又は重大な過失によつて知らないで、これを取得してゴルフ場を建設することができるものと考え、原告らから保証金の預託を受け、中央観光事業が右保証金の返還をすることができなくなり、原告らに対し、保証金と同額の損害を与えたものである。

(六)  よつて、原告らは、被告に対し、民法七〇九条又は商法二六六条ノ三第一項の規定に基づき右損害金二〇〇万円ずつ及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年二月一三日から右各支払済みに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。〈以下、事実省略〉

理由

一請求の原因(一)の事実については、当事者間に争いがない。

二請求の原因(三)のうち原告らと中央観光事業との間の本件会員契約において、預託保証金は会員資格保証書の交付の日から五年を経過した後は、会員の請求により返還するとの約定がされており、原告らが右五年が経過した後、昭和五三年一二月二七日に中央観光事業に到達した催告書によつて預託保証金を全額返還すべきことを請求したことについては、当事者間に争いがない。

三右事実によれば、中央観光事業は、各原告に対し、預託保証金二〇〇万円ずつを返還すべき義務があることになるが、後記認定のとおり中央観光事業は、現在、何らの営業も行わず、見るべき資産も有しないのであるから、原告らは、中央観光事業から現実に右預託保証金の返還を受けることができず、それと同額の損害を被つたものということができる。

四請求の原因(二)のうち本件土地が農地法上の許可も、ゴルフ場建設のための開発許可も得られない土地であることを除いたその余の事実は争いがない。

五〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

被告は、昭和三〇年代ごろから熱海方面で宅地を造成し、それを分譲する事業に従事していたが、ゴルフ場を建設してその経営を行うことを企て、神奈川県足柄上郡山北町にあつた高松山開拓農協が開拓した農地とその周辺の土地が地形、交通の便等からゴルフ場に適していることに着目し、当時、高松山開拓農協の組合長をしていた神野和一と土地の売買の交渉を行い、昭和四七年一〇月一六日、同農協所有の同町向原字高松五〇〇九番一の山林八万九五〇二平方メートルを含む約二九万坪の土地を買い受け、その後、中央観光事業を設立して同月三〇日、自ら代表取締役となつて右土地の買主の地位を中央観光事業に承継させ、昭和五二年一二月一日までその代表取締役の職にあつた(右期間、被告が右代表取締役の職にあつたことは、当事者間に争いがない。)。右高松山開拓農協から買い受けた土地だけではゴルフ場用地として不十分であつて、その土地に囲まれ、及び周辺部に散在する同農協の組会員個人の所有地をも必要としたが、それを単純に買収したのではゴルフ場用地としてまとまつた一団の土地を取得することはできず、中央観光事業は同農協から買い受けた土地の一部を分筆したり、合筆したりして組合員個人の所有地と交換するような煩雑な手続を経た上、ひとまとまりとなつた一団の土地とする必要があり、被告は、そのような手続、組合員個人所有の土地の売渡しについての交渉は、すべて高松山開拓農協が行うとの神野の言葉を何の保証もなぐたやすく信じて同人に一切を任せ、また、同農協との右売買契約の締結と同時に被告と同農協とは、構造改善事業実施契約を締結し、被告の契約上の地位を承継する中央観光事業は同農協の組合員が爾後行う畜産事業に協力し、道路、水道貯水槽を設置すること、ゴルフ場予定地内に存在する組合員の住宅移転費用を負担することなどを約した。高松山開拓農協から買い受けた土地には一七町歩の農地が含まれており、それを売買するには、農地法五条の許可を必要としたが、被告は、右許可についての神奈川県当局の内諾を得ているとの神野の言葉をたやすく信じ、県農政部長に面会したときも、同部長のあいまいな態度にもかかわらず、許可が必ず得られるものと思い込み、本件土地の売買契約を締結し、組合員個人が中央観光事業に土地を売り渡してくれるものかどうか、土地の交換に応じてくれるものかどうかの見通しも極めて不十分のまま、また、県知事に対する農地法上の許可申請手続を行わないまま、昭和四七年秋から一二月にかけて会員の募集を始め、約四〇〇人から約八億円の入会保証金を集め、そのうち三億五〇〇〇万円を高松山開拓農協に対する土地売買代金の内金として、二億七〇〇〇万円をゴルフ場の設計費、測量費、現場事務所設置費、植林費などとして、一億一〇〇〇万円を人件費としてそれぞれ支払い、被告が関係している会社に四〇〇〇万円を貸し付け、残額は、すべて費消してしまつた。高松山開拓農協の神野組合長は、被告に対し、組合員が個人所有の土地を売り渡すこと、土地の交換に応ずるよう交渉をすると約しながら、その後、何ら右交渉を行わず、また、県知事に対する農地法上の許可申請手続もとることなく放置していた。

本件土地内の農地は、国から払い下げられて以来、国及び神奈川県から補助金の交付を受けて開拓されて来たものであるところ、高松山開拓農協と中央観光事業との前記売買契約が農地法上の許可もなくされたことが神奈川県議会議員に知れ、昭和四八年三月、同議会で、補助金が交付されている農地をゴルフ場用地に転用売却するのを許可するのかと県当局の責任が追及されるところとなり、県当局は、もとより許可をするつもりがないことを示したことなどから、中央観光事業はゴルフ場建設工事に着手するすべもなく時日が経過し、前記のように会員四〇〇名から預託を受けた入会保証金八億円も、全て使い果たし、たとえ将来、農地法上の許可が得られても、ゴルフ場を建設するだけの資力はなく、その上、現に高松山開拓農協から、中央観光事業のために本件土地に経由された所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続を求める訴えを提起され、現在では、ゴルフ場を開場する見込みは、全くない。

〈証拠〉中右認定に反する部分は、信用することができない。被告は、本件土地内の農地一七町歩に対し、国及び神奈川県から補助金が交付されていたことは、本件土地の売買契約を締結する際には知らず、神奈川県議会において問題にされて初めて知つたと供述するが、高松山開拓農協の所有する土地が国から払い下げを受けたもので、国及び県から補助金の交付を受けて来たことは、前記認定した事実によれば、土地の売買契約締結に至るまでの交渉の経過において、わずかの注意をもつてすれば被告が容易に知ることができたものということができ、被告がその事実を知らなかつたとしても、そのことに重大な過失があつたというべきである。

右事実、特に高松山開拓農協から買い受けた土地の中に国及び県から補助金の交付がされて来た農地がかなりの面積存在し、農地法上の許可を得ることが極めて困難であること、同農協から本件土地を買い受け、更に多数の組合員から個人所有の土地を買い受け、その上、複雑な手続を経て組合員と土地の交換を行わなければゴルフ場用地を確保することができず、その見通しが決して楽観を許さないのにもかかわらず、それを神野に一任して特段のことも行わなかつたこと、右農協に対しては、土地売買代金のほかに構造改善事業のためのかなりの額の費用を支出しなければならないことなどの事実を考えると、本件土地について前記売買契約を締結しただけでは、その時点ではゴルフ場建設の見込みは、極めて不十分であつたといわなければならない。

したがつて、被告は、中央観光事業の代表取締役として、そのような不確かな段階では、会員を募集し、入金保証金の預託を受けるべきではなく、それにもかかわらず、原告らから右保証金の預託を受け、その返還を不能にさせたのは、その職務を行うにつき重大な過失があつたものということができ、右被告の任務懈怠と原告らが被つた損害との間には因果関係が認められる。

六よつて、被告は、各原告に対し、商法二六六条ノ三第一項の規定に基づき各原告が被つた損害である入会保証金と同額の二〇〇万円ずつ及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年二月一三日から右各支払済みに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告らの本件請求を認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条の規定を、仮執行の宣言については同法一九六条一項の規定を適用して主文のとおり判決する。

(榎本恭博)

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